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名前 顕証寺(けんしょうじ)と久宝寺寺内町(じないまち)
分類 史跡
画像
指定文化財 未指定
解説  顕証寺は浄土真宗西本願寺別院(じょうどしんしゅうにしほんがんじべついん)の寺院で、親鸞聖人(しんらんしょうにん)の血筋である連枝の格式をもち、河内十二坊(じゅうにぼう)の総支配(そうしはい)をつとめました。
 文明(ぶんめい)2年(1470)に、蓮如上人(れんにょしょうにん)がここに布教し、西証寺(さいしょうじ)、のちの顕証寺(久宝寺御坊)を建てました。
 本堂は、宝永4年(1707)の大地震で被害を受けましたが、正徳(しょうとく)6年(1716)四月一日に、顕証寺御堂の再興と上棟の記録(寺日記)があることから、江戸時代中期の建物と考えられます。
 顕証寺を中心に周囲にして二重の堀と土塁をめぐらし、街路は碁盤の目のようになっていました。このようにして本願寺門徒衆は戦乱を防ぎ、門徒の団結を図る寺内町を作りました。
 顕証寺が寺内町の支配権を持ちましたが、戦国時代を経て、安井氏による支配が近世中期まで続きました。
種類 寺院
時代 江戸時代中期
関連する文化財 寺内町
場所 D地区
所在地 八尾市久宝寺4丁目
地図