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名前 大聖勝軍寺(だいしょうしょうぐんじ)
分類 史跡
画像
指定文化財 未指定
解説  椋樹山(りょうじゅさん)大聖勝軍寺と称し、高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)に属します。
 河南町の叡福寺(えいふくじ)の「上の太子」、羽曳野市の野中寺(やちゅうじ)の「中の太子」に対して、「下の太子」と呼ばれています。
 聖徳太子(しょうとくたいし)が物部守屋(もののべのもりや)との戦いにあたって、信貴山の毘沙門天(びしゃもんてん)に祈願し四天王(してんのう)をまつり、その加護により戦に勝ったので、この寺を建てたと伝えられます。
 門前に「守屋池」、付近に「鏑矢塚(かぶらやづか)」、「弓代(ゆみしろ)塚」、「物部守屋のお墓」があり、聖徳太子に関連する史跡があります。
 天文(てんぶん)二十二年(1553)には、京都の公卿 三条西公条(さんじょうにしきんえだ)が、吉野詣での帰途ここに参詣し、特に許されて秘仏である植髪太子像を拝したと伝えられています。
 本尊は「木造二臂如意輪観音思惟半跏像(もくぞうにひにょいりんかんのんしいはんかぞう・府指定文化財)」で寺宝も多くあります。
種類 寺院
時代 飛鳥時代・室町~江戸時代
関連する文化財 木造二臂如意輪観音思惟半跏像、木造毘沙門天像、木造四天王像、木造聖徳太子孝養像・二王子像、絹本著色馬上太子像、
場所 E地区
所在地 八尾市太子堂3丁目
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